夏至の頃は、6時30分だった。
(10分 早くなった)
雀が 1羽で遊んでいた。
人の 踏み込めない 木立の根もとから、私を見つつ。
4万2千円の臨時収入があったので、
墓参りの手配をした。
連続した休みが とれない、
ワーキング・プアな パート・タイマーゆえ、
日帰りが望ましい。
しかし、飛行機代だけで、(正規料金では)片道3万円かかるとのこと。
(予算オーバー)
早朝に出発し、翌日(パート出勤日)の早朝に戻る、
ビジネスホテル1泊+航空機のセットに 申し込んだ。
どこぞの祈祷師が、
(心理のプロであることを売りにして、インターネット・カルトで 目をまわしていた莫迦(私)を、心的外傷・希死念慮に苦しんでいた 莫迦の精神(念)を、キャッチ&リリースした人物が)
伊予ノ国に いたらしく、
何かにつけて『われわれ四国の専門家は』と 書いていたことが、
私には 業腹だった。
(自分が 行きたくても行けない 土佐を含む)
四国の地まで利用する(けがす)かに思え、不愉快 極まりなかったのだが、
そんな憤怒は、私が 土佐の地を踏みさえすれば、
雲散霧消するだろう。
立派なことを考える頭を持ち、
晴れがましいことを発信する技を持ち、
社会的地位や権威があろうとも、
快適で愉快な 自分の暮らしを守るために、
(心理的に)他者を殺す人は、
(人の世で 疎外されてきた私が、野獣のように 彷徨し続けることを 是とした人は)
修羅の道を ゆく人だ。
何故なら、
その振る舞い(病める者:私への対処)は、
闇(病み)そのものだから。
天は 闇をもって、人に問うことがあるのだ。
闇を背負う者を、
「あざけるか?」
「排するか?」
「冷淡に見るか?」
「いたむか?」
「ともがらと見るか?」
あざける人、
排除する人、
冷たく見る人は、
鬼の道を 行く人だ。
あたたかい目で見る人、
仲間と見る人、
共に生きる 手だてを 考える人こそ、
まことの人(成人であり、子どもや弱者に 希望を与えうる人)かと。
パート先で私は、日々、情けない思いをしている。
1番うれしいのは、
…仕事を終えて、部屋の出入口に立ち、退勤の挨拶をするとき。
残る方々が 忙し過ぎて、
何の返答も(反応も)返ってこないときは、
少し寂しいけど、
(自分が1日過ごした空間に、わかれの挨拶ができた)と思えば、わりきれる。
適性が無いらしい仕事を、不健全な心身でやっているのだから、
現場で粗雑に扱われたり、バカにされても、仕方ないかもしれない。
ギョッとすること、心臓に悪いことがあっても、
穏やかな氣を発する人が、1人いてくれれば 耐えられる。
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