忍者ブログ

2012-05-08(Tue)

臨床心理士O先生に捧ぐ

クライアントは、主治医を疑いたくない。特に 心の治療中は。
(この先生は、信じられる)
(先生は、私の味方だ)
などと云う 安心感がないと、やってられません。

私は 過去の治療者たちへの 怒りや不信を、
貴方に 投影したくなかった。

★ 先月、突然 手が腫れ、痛み出しました。
(表皮に傷はないけど、トゲを刺したような痛み)
早く解決したくて、ナイフで切り出しました。

魚の目玉みたいなものが、埋まっていました。
透明な球体に、黒い芯が入った粒(つぶ)。
…これ何?

★ そう云えば、約1ヵ月前、杖を削っていて、
(トランス状態に陥った?)
左手に ナイフを突き刺すまで、興奮(恍惚)状態が 収まらなかったのです。

★ 血が止まるのを待って、傷口を水で洗い、バンドエイドで密閉しました。
1週間くらい 不便でしたが(雑巾などを絞るとき、当たるところだった)、
化膿せず 傷口がふさがり、
ありがたく思って 忘れていました。
(よく見ると、跡が残ってます)

★ 表面は 治ったように見えても、
奥(肉)の方に、ナイフの破片か 何かが、残っていたのでしょう。

その異物を(私の身体は) 肉のようなもので包んで 丸くして、
皮膚の新陳代謝に委(まか)せて、排泄することにしたようです。

痛い時間を 早く終わらせたい自我(エゴ)が、
切開して えぐり出すと云う、乱暴な手段に出たために、
流血する羽目になり、再度、バンドエイドの世話になったけど、

(1ヵ月くらい?)放置しとけば、
自然に取れたような 気が、しないでもない。

心の傷(異物が残ってるヤツ)も、
無理に 切り開くのは、乱暴だと思うのです。

切り込むことで、
また血が出たり、…手当てを要する と云うか、
ややこしい状態になる可能性が あるから。

クライアント(心の負傷者)に、
治療者を 選ぶ余裕は 殆どありません。
クチコミ・マスコミの情報や、書籍・インターネットなどで 見当をつけて、
ボロボロの心を 奮い立たせ、
ヨレヨレの頭を 頼りに、
なけなしの金銭を 懐に、
はるばる(しばしば、足が痛くなるほど 歩いて) 訪ねたりするのです。

心の傷は 目に見えないから、…
クライアント(私)の外見に、
過去、あなた方(精神科医や、心理カウンセラー)は、やすやすと 欺かれたり、振りまわされました。

クライアントが、まだ 若くて(美しくは なくとも)、
弱音を吐けなかった(子どもを産むのに適した年代だった)頃、

その者が 何年も、
恐怖と 怒りと 絶望感に さいなまれ、
(死にたい)と 強く願い、
自分の努力だけでは、現状を打破できないと感じ、
恥を忍んで 相談に行っても、…
ほとんど まともに取り合ってもらえませんでした。

外見のふてぶてしさ、思い詰めた状態、
万年学生みたいな反骨精神(権威だからって、弱ってる者を舐めたら許さん と、心の底で 思っている私)が、

相手には『攻撃的』に見えたのか、
怒鳴られることも、珍しくなかったです。

ひどい言葉に、長く強く 晒されて生きて来たから、
傷が癒える前に、これ以上、傷つけられたら、
正気を保つ 自信がないから、
身構えてしまってた だけなのに。
(貝の中から、触覚だけ出してる カタツムリ)

主治医探しの途中で、私が頂戴した、
迷言(その一部)を、ここに記しておきます。

『先生』と呼ばれる権威たちが、死にたかった私に対して、こんなことを言っていた。
ご自分を 守るために!

クライアントを貶め、自死へ追いやるような、
ひどい言葉を言われるクライアントが、私の外に いませんように。

(もし いたとしても、気にしないこと!)
(無責任な決めつけに 左右されず、しあわせに暮らすこと!)
(たった1度の人生は、しあわせでいいのだ!)

暴言A『泣いてるだけじゃ分からない。帰れ!』
暴言B『アナタのように、余計なことを言う人は治らない』
暴言C『気にしすぎだよ。どうしても欲しいと言うなら、安定剤を処方してもいいけど』
暴言D『本当に辛い人は、アナタのように喋れない』
暴言E『多重人格だね君は。僕に会うのが遅すぎたね』
暴言F『こんなに優れた医師である僕を 愚弄するのか!』
暴言G『アナタのように 素直じゃない人は治らない』
暴言H『ヤクザのとこに行き、殺してもらうといいですよ』
暴言I『親がこの世にいるうちは、能力を発揮できない』

私は、自分を 肯定することをあきらめ、
他者を肯定することで生きてきました。
強い自己否定の上に、他者を全肯定するのは 殆ど曲芸ですが、
他の方法を 知らなかったのです。
無理したためか、(生まれつき?)性格に よじれがあります。

『男は、タフでなければ生きられない。優しくなければ生きる資格がない』と云う言葉を、
(生物学上は女である)自分への 戒めに使ってましたし、
異性(男)が化粧・女装するのが、不思議なほど 好きです。
(昔、夢の遊民社の写真集を買ったのは、野田さんの女装姿が 気に入ったから)

武道の見学に来た おさなごを 肩に乗せたとき、
この上ない幸福感に包まれました。
(女が 子どもをあやすとき、肩車は あまり使わないと思うのですが)
(自我が芽生えつつある子どもを 肩に乗せることに、無上のよろこびを覚えるのは、母性愛とは違う、父性愛のような気がします)

先生に会えるチケットも、あと1枚(1時間分)となりました。
型破りで、私の味方であろうとして下さった先生に、
敬意と感謝を表さずにおれません。

先日、兄弟と同じ判断を下されたのは、ショックでしたが。
『自分に厳しく、他人にも厳しい姉』と、この春 末っ子に言われた。
まったく同じ言葉を、貴方から言われてしまいました。

私が理論武装じみたことをするのは、
人から批判(否定)され続け、心が ズタズタに 裂けているからです。
その逆を生きたくても 方法が分からなくて、
批判する人より たくさん気づいていなければと、計算機のように 頭で生きているのです。

戦火(被害者意識の強い人々)の中、逃げ惑うカタツムリ。
恐怖のあまり(貝から) 目しか出せないカタツムリ。
PR

この記事にコメントする

Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass
Pictgram
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字