与党の代表選候補に立つよう、(角栄氏の弟子から)頼まれるなど多忙を極める政治家の秘書に。
『娘の嫁いだ田舎は 素晴らしい、広い』と 語る 秘書氏。
(そんなに広いところなら、私の居場所も 見つかるのじゃないかと)
親の知人だ。親の肩を持つ道理。
(でも、本音が聞けて、闇の深さを実感できたのは、よしとしよう)
親、…個人事業主だった。
使用人としての手数料を、私(使いでが悪い)には 1円も払いたくないと思ってる。
(私も、もう使用人でいたくない)
精神を病んだ弟を、追い詰めるような 対応を、何年も続けた親。
当然の如く、事態は悪化し、
因果を理解しない親は、徒らに傷ついた。
(適切な対応を 識ってほしくて 語りかけ続けた)私を うとんじて、私を(黙らせようとして)、色情狂よばわり。
目もあてられない。
(稼ぎがよくなく、嫁にもいかず、孫の顔を見せず、結婚式祭りも催さない、彼等にとって 不孝者の 私が) 何か言うと、
『言葉づかいが 親を愚弄している』とか、
『長男は こんな醜態を演じて、親を傷つけてきた』とか、
『財産目当ての嫁のせいで 云々』と、まくしたてずに いられない様子。(被害妄想)
良い報告しか、聞きたくない親。
何故なら、自分たちは、働きに働いてきたからと、
自力で 家も建て、3人の子どもに 高等教育まで受けさせ、義務を果たしたからと、
子どもは 揃いも揃って、最低な部類だが、親のせいにされてたまるかと。
弟の精神疾患が、親の責任などとは、私は 言っていない。
(思ってもいない)
縁ある人として、救いの手を!
理解を!
…そう願っただけ。
しかし、被害者意識で 心を腫らした親は、
不快な情報を、攻撃と受け取って、荒れ狂う。
これ以上 親に、醜い言葉を吐かせられない。
経済的に破綻しても 構わない。
過労と空腹で、頓死しても良い。
限りを尽くして、理不尽な現実を受け入れ、私を嘲笑する(大嫌いな)人々の さいわいを祈って尚、
孤独であり続ける自分は、私の理解を超えている。
ただ、もう、あの両親の下僕でいては、駄目と思う。
秘書氏も、まったき善意の人。働き者で、有能。
忙しいと言いつつ、細かいことに こだわらず、よく 感謝をする方だった。
しかし、全き善意の人ほど、酷薄だったりする。
自殺防止を謳ったサイトの回答者(の中の 何人か)が、
雨の日や 雪の日に、私を 警察署に走らせた(自殺予告に怯えたり、私自身が 自殺に追い込まれかけた)のと、同じ からくり。…
薄給だが、資産家の議員を 支えるために、よく自腹を切ると言う秘書氏。
(お菓子代、事務用品、チップ等)
…私は、懸命に、私を 裁いた(自分の秤で、他人である 私を はかり、駄目と判定した)人を 認めようと、この文章を 編んでいる。
(その上で、傷ついた自分を許さないと、息が詰まる)
しかし、まったき善人は、
そのような(崖から 這い上がろうとするような)者の、言葉の表層を とらえて、
傲慢とか、批判的とか、後ろ向き などと決めつけ、…
笑ったり、否定したり、
崖下に 突き落とすが如き 振る舞いを、躊躇しない。
拝み屋宮司 心理学博士の看板を立てていた方も、多分 そうだったのだろう。
(今は知らんが)
ネット上の 遣り取りだけだから?
悪意は なかったから?
信者が たくさんいるから?
信者に感謝される仕事をしてるから?
私を 崖下に 突き落としたことを、忘れ果てたのかもしれない。
私も忘れたいよ。踏みつけられて 顔についた、靴の泥を 落としてね。(心象風景)
だけど、這い上がろうとして、いろいろな人に 否定されるたびに、顔につく靴跡(泥)が 増えてゆく。
そんなことの繰り返しで、終わるのか?
這い上がろうとすること(自尊心を持ちたいと思うこと)さえ、私には許されないのか?
(そのようなことは、ありえぬ)
自分の闇と 対峙する勇気のない人が、まったき善人で いようとするから、無理が生じ、
その無理(矛盾)が 暴力となって、弱った者に 向かうのだ。
しいたげられた存在を、(自業自得だと)嘲笑する人は、病んでいる。
虐(しいた)げられた存在を 笑う人は、
虐(しいた)げる側に 与(くみ)しているのに、その自覚がない。
そのことに気づく人が、多数派になったとき、児童虐待も、自殺も、減少に転ずる気がする。…
その秘書は言った。
『先生に あなたのことを話せば、すぐに、何処か 紹介してくれると思うけれど、それはしたくない』
『あなたみたいな 正義感の強い人は、政治の世界は 絶対むりだから』
『私に お金があれば、助けて上げられるのだけど』
『私が元気で、暇もあれば 知恵も出せるけど』
金銭的余裕がなく 多忙だから、他人の支援は無理とほのめかし、
正義感が強い輩は、政治家の周辺に 行くべきでないなどと 勝手に判断し、
広い田舎は、自慢するだけ。
親に 頼れぬ訳を 話したら、
『あなたのお母さんは素晴らしい人』だと、私が 嘘を吐いているかのように言う。
そこで 食い下がった私に、返って来た言葉は、
『そうやって、批判するから 駄目なのよ』
現実を否定し、批判してるのは どちらです?
あなたが 有能さを誇り、人脈を誇り、田舎を誇らなければ、私は 助けを求めませんでした。
誇るだけ誇って、橋渡しは出来ぬと言われ、
「はい そうですか」と 引き下がる奴が、いるでしょうか?
窮鼠 猫を噛む、ことわざにもあります。
あなたの 病める誇りが、私をまどわせ、電話をかけさせた。
耳障りな言葉を、私に言わせたのは、私を 嘘吐き扱いした、あなたです。
先生に尽くすことと、家族・友人を 大切にすること以外、興味がないなら、
誘蛾灯のような真似は、なさらぬがよいでしょう。
しかし、それでは 苦しいのでしょう?
誰かれ構わず、目の前の人と 支えあい、助けあうのが、人にとっては楽なのに、…
それが出来なくて 苦しいのではと、胸中 お察し致します。
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