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2015-01-02(Fri)

おおみそか の はくせきれい

警備の夜勤明け 
駐輪場で、セキレイの声に 振り返った。

ビルの建設予定地に その鳥は居て、
こちらを観察(?)しつつ、ちょこまかと動きまわっていた。

白と黒の配色が美しいその鳥は、
コールセンターから むなしく帰る朝(3年前?)や、
墓参の帰り道(昨年1月、土佐の川辺)にもいて、
私を鼓舞してくれた。

思い過ごしかもしれないけど、
その鳥は、あの日、私のために そこにいて、
私をなぐさめ、励まして、素早く飛び去って行った ようにみえた。

馬車うまか、奴隷か?
そう自問自答することが、去年は 多かった。

布団を敷く気力もなくて、
すわって しばし うたた寝しただけで、
疲れが取れぬまま、
まともな睡眠がとれないまま、
仕事に出ていき、かけずりまわる自分がおかしかった。

自殺防止サイトで、あざわらわれて出ていけと言われたときに、
意地になって、

「パソコンがないから、小容量のPHSしか持ってないから、
 自分のブログなんて出来ない。だから、ここにいるのだ」と、
「パソコンが手に入ったら、出て行ってやらあ」
「そうじゃなくても、リアルで、主治医(心の)か 相棒が見つかれば、出ていく」

そんなこと書いてた記憶がある。
あれから、6年? 7年? 

あいかわらず 私には、
パソコンも、相棒も、精神の綻びを診てくれる主治医もない。

できることは、遣りつくした、と思うのに。
ボロボロで スカスカの、ダシガラみたいになるほど 動いたにもかかわらず。

人らしい楽しみ、落ち着きとは、ほど遠い、
生活とは呼べないような、

棲息と云うか、
あの世のふちを たどるような時が、1年以上 続いたろうか?

うたどころじゃない。
でも、
うたくらいしか 楽しみがない。

インドの古語 で うたう(つぶやく)般若心経くらいしか、うたえない 私のかわりに、
セキレイ、ヒヨドリ、オナガ、シジュウカラが、
生きてるよろこびを うたってくれてた。

アイドルを紹介する 年末のラジオを、
苛々して消した自分のことを、
心が狭いと、情けなく思ったりもしたが、
 
貧しくて ひもじくて 寒くて 眠くて、
孤独で 身なりをかまう余裕もない人間が、

浮世離れしたアイドルに 耳を貸す時間を惜しむのは、
当然でしょ?

今年も、虫や鳥に心を寄せて、
日に3回くらい笑えれば それでいい。
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