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2016-04-17(Sun)

2世

去年の秋に、斬り倒されていた木
その樹冠に1粒だけ ドングリが出来ていた
思わず触れたら、私の手の中に落ちてきた

 

親の木と同じ目には、遭わせたくないものだ
私が里親を見つけられなかったために、親木は倒された

…可哀想なことをした
…ホントに そうかな?

強い若木よ!
お前、長生きしたいなら
私を足に使って、好きな所へ行くといい

私が この世にいる間に
可愛い苗木で いるうちに 

 



 
  
 
 
 


 


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2016-03-30(Wed)

福祉を目指した王国

中近東の文化に触れられる施設がある

この建物に 立ち入る幸運に 恵まれたら、多分、
楔形(くさびがた)文字 の 石柱を 見ることができる。

刻まれた文章は、古代の法律を、
その上部の彫刻は、
太陽の神と、神が認めた王の姿を あらわしている。

太陽神は、福祉を実現するリーダーとして、
王に権威(権力)を授けている。

大昔の 異国の法律。
日本人である私には、理解しにくい条文も 多々ある。

でも、
弱者を助ける 正義のために働く、そういう人こそ、
天が認める権力者だと、
この法典(ハンムラビ法典)は うたっているのじゃないか?


 
 
 
 
 
 

2016-02-29(Mon)

ガラス窓の内と外

水や風は まだ冷たいが、窓辺のハーブが蕾をつけた。
北向きの台所の窓辺に置いた、ホーリーバジルのポット苗。

適当なところで、大きめの鉢に移植してやろうと思いつつ、
まだまだ小さいからと、狭い容器で越冬させてしまった。

7月に種をもらい、2粒だけ蒔いた。(2鉢)
まだ1度も陽の目を見てない(直射日光に当たったことない)のに。
咲こうというのか?
…なんて強いのだろう。

窓の外では、雀の一家が にぎやか。
目と鼻の先に 巣があるよう。
(階段の踊り場の 裏の隙間から、出入りしてる)
底無しに幸福そうに 鳴き交わし、飛び跳ねている。

ヒトノコ(私)は、
とりあえず ブロッコリーが食べられれば うれしい。
千葉県産、香川県産、徳島県産、…
ブロッコリー1束 買えること、茹でること自体が、うれしい。

風の季節(春)らしく、最近のブロッコリーは、
砂を含んでいたりする。

小さな鍋で 1束分を茹でると、
小さく切り分けていても、砂が残ってしまい、
口の中で「ジャリ」と なることもある。
それでも ブロッコリーは、私を幸福な気分にしてくれる。

 

 
 
 
 
 


 

2016-01-31(Sun)

モチ玄米

 

昨年末、知人のYさんから 玄米(モチ米の)を戴いた。
『古米なので、早めに処理してね。すぐに 虫がつくわよ』とのことで、
早速 計量し(4合、3合などに)、密閉しておいた。

虫は湧かなかったけど、
傷んで黒くなっている粒が けっこうあった。

水につけて、1昼夜 置いてから、
黒い粒や、
発芽した芽(根?)が ボロボロになっている(傷んだ)粒を、除けた。

10日前は、3合中 864粒を 取り出した。
細かい作業で、けっこう疲れた。

昨夜は、3合中 2000粒以上を 取り除いた。
(時間の経過とともに、生き物は 変化する)
(腐敗の波に乗った生米は、どんどん傷むのだった)

選別には、膨大な時間がかかった。
徹夜してしまった。
目と手と、脳が疲れた。
(実は 発狂しそうになった)

しかし、炊くと 甘くて美味しい。
こんなに美味しいものが、この世にあるのか?
…と 思うほど、美味しかった。

モチ米の玄米は、近隣の スーパーマーケットなどには 置いてない。
私が昔 働いていた 自然食品店でも、扱っていなかった ような気がする。
(玄米を常食する人が、少ないからだと思う)
(知人も 普段は 白米を食べている人で、扱いに困って 古米にしてしまった様子)
貴重品であった。

(黒い粒は、土に還す)
(黒くても 芽が 元気な奴は、しばらく 茶碗で 水栽培してみよう…)

一晩で、3ミリくらい 発芽した奴があった。
なんという強さ。

 
 
 
 
 
 
 
 

2015-12-18(Fri)

傷んだ軽車両の列

昨夜、盲導犬の募金箱がある スーパー・マーケットに行った。
(自分が役立たずに思えて、居たたまれない)
そんな気持ちに 呑み込まれて悶々とするよりは、動こうと。

盲導犬 育成の 募金や、
水色の羽根募金(漁船海難遺児 育英資金)は、私の価値観では、
この日本では 絶対に必要なもので、絶対の正義。

育英会は、貧乏では 協力が困難だけど、
盲導犬への協力は、1円からできる。
1円なら、私でも 捻出できないことはない。

昨夜、買うべき物は無かったが、24時間営業のスーパーに出かけ、
犬の人形がついた箱に、アルミニウム硬貨1枚を納めた。

スーパーの壁には、従業員募集の張り紙があった。
もし、それだけで生計をたてようとしたら、
深夜手当込みでも、生活保護と大差ないくらい
人として最低限度の生活が、やっとおくれる程度の賃金。

外食などの遊興や、遠距離の墓参り、貯金などは、
諦めざるをえないような、安い時給。
レジに並んでいたのは、若い人たちばかり。
学生さんだろうか?

駐輪場に ずらりと並んだ自転車の大半が、
カゴが錆びていたり、あちこちに傷みが目立った。
(私のも、ピカピカに磨き上げてる訳じゃない…)

自分を乗せてくれる大切な乗り物だから、
出来るなら、いつも手をかけ 綺麗にしてやりたい。
それに、手入れや 点検を怠ると 危険だ。
(でも、今の自分には、余裕が殆どなく、日々 ヒヤヒヤしている)

あの駐輪場に並んでいた自転車、
30台くらいのうち、8~9割が疲弊していた。
手入れや、修理をする余裕がないのだと思う。

そう云うことに気づかない人が、先生と呼ばれる地位について、
権力をほしいままにしていては、危険なのでは?

私が子どもだった頃より、生活苦の人の割合は増えてる気がする。
私が子どもだった頃、火災の原因の第1位は、放火ではなかった。
(煙草だったと思う)

人の心が健康であれば、死に直結する放火など、出来る訳がない。
あってはならない人災の割合が増したのは、人心が荒廃した証拠だ。
(何の根拠もない、暴論だけどさ)

今が どん底であってほしい。
これからは、良くなってほしい。