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2010-07-20(Tue)

師範へ

過日、●●●市へ参りました。
遊びに行ったのです。
交通費は、バスカードと 回数券を使い、水は携帯し、現金は 200円(入場料)で 済みました。

以前から 見たかったものを、見に行くのだから(素晴らしい絵を 撮した写真と、おそらく 多分 ルーマニアの 美人の写真も 見られるだろう)、
…うれしい筈なのに、
何故か、心が 重かったです。

睡眠不足に 猛暑が重なり、ふらつき気味でしたが、
来週末では、もう 回数券が 使えません。

人生を、気合いで 乗りきって来た 私のこと。
行くと決めたら、行くのです。

高原に 向かうバスで よろけて、左手をぶつけました。
高原から 離れるバスで よろけて、右の脛(すね)を ぶつけました。

ずいぶん痛い 遠足だな。…
…そう云えば、師範が 生涯を終えたのは、この地でしたね。

先生が アルツハイマーと 判明したのは、
奥さまが 大怪我をされ、離れて 暮らしていた娘さんが、異変を知り、
医師の診断を、受けたからでしたね。

奥さまは、娘さんに、隠していたと おっしゃいました。
数年前から 始まった、先生の ボケ症状、
夜の徘徊や、人が変わったようになり 暴力を振るう ことなどを。

隠さなければ、早期治療 出来たかもしれない。
でも、奥さまには 分かっていらしたのです。
娘さんが、先生の 病を知れば、夫婦が 離れ離れに なることが。

娘さんの 行動は、迅速でしたね。

仲のよい 夫婦を、引き剥がして 片方(ボケた方)だけを、施設に入れるために、
『夫婦で 引っ越す。お母さまは、怪我の手術が 済んだら行く』と言って、先生を 騙しました。

認知症患者 専用の グループ・ホームには、家族が入居するスペースなど、なかったのに。

奥さまは、怪我が治ったら、毎日でも通うつもりでしたね。

弟子たちも、できる限り、面会に行くつもりでした。

尊敬する 師範に、会えなくなるのは 嫌でした。
だから、施設の スタッフの 指示には、逆らいませんでした。

『面会には、なるべく来てあげてほしい』と言われ、面会時間も、スタッフの都合に 合わせました。

先生に 会わせて戴く前に、毎週のように、約1時間ほど スタッフの 愚痴を、拝聴しました。

毎週のように、スタッフに 手土産を持参し、先生に 会いに行きました。

ある日の面会は、玄関先に、先生を 呼ぶかたちで、行われました。

話が終わり、
来週また 参りますと、挨拶を 済ませ、スタッフさんを 呼びました。

スタッフさんは、そこで、過ちを 犯しましたね。…

先生を、自室に 送ってから、
次週の 面会の予約を 入れるべき、だった。
【病人を 最優先すべき】だったのに!

先生を、階段の下に 立たせた 状態で、
自分の シフト表を、取り出したのでした。

先生の顔色が、変わるのが 分かりました。
あのとき、介護スタッフに どう言えば 良かったでしょう?
『スタッフに 疎まれたら、先生に、会えなくなる』と 恐れ、私は 何も言えませんでした。
申し訳 ございませんでした。

次週から、私は 面会禁止に なりました。
私が 帰った後、先生が 暴れたから、と云う理由でした。

他の弟子も(息子同然の 師範代 以外)、面会禁止に なりました。

奥さまさえ、面会を許されませんでしたね。
(帰りたがっては、困るからと)

そのうち、手紙も 禁止されました。

スタッフさんは、約束してくれました。
『落ちついたら、施設に慣れたら、穏やかに面会できる日が、必ず来ます。その日が来たら、必ず連絡します』と。

奥さまを 訪ねて、私は 寂しさを 紛らわせました。
奥さまには、いつも、
「行ける日が来たら、一緒にいきましょう」と、励まされました。

3ヵ月を過ぎても、施設からは、連絡が ありませんでした。

奥さまが、面会できたのは、
先生が衰弱して、●●●市 郊外の病院に、移された後だった そうですね。

私が、最後に お会いしたのは、
面接を禁じられた 夏から、半年以上過ぎた、春でした。

施設の『求人』に 応募し、面接に こぎつけ、施設内に 立ち入る 機会を得て、…

ひとりで、空を 見つめる 先生の横顔を、遠くからですが、拝見いたしました。

帰りに、施設の玄関で、(必ず連絡すると、私に 請け合った)スタッフさんに、出くわしました。

『どこかで お会いしましたか?』と 聞かれました。
「いーえ」と 微笑んで答えましたが、私は 憤死しそうでした。

いくら 忙しくても、
自分から約束したことは、守るのがプロでしょう?
約束した相手の 顔も忘れるって、どう云うこと?
あの約束は、最初から『嘘』だったのでしょうか?

スタッフとしては、採用されませんでした。
(有資格者が、たくさん応募してきたそうで)
心は、先生の 近くに いたくても、
体力的には、勤まらなかったと思います。…

でも 万一、採用してもらえたら 首になるまで、働かせて戴く覚悟でした。
(滅茶苦茶でした)

…光化学スモッグの、警報か 注意報が、発令されたようです。
(それらしい放送が、空に向かって 流されたようですが、はっきりとは、聞き取れませんでした)
しかし、そろそろ 出かけねばなりません。行って参ります。
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2010-07-19(Mon)

遠足

仕事に ほとんど 行けず、電車の回数券が、無駄に なりそう。
来月から 使えなくなる バスカードも、元が取れずに 終わりそう。
…悔しい。

無駄にする くらいなら、何処かに 行くべー。
写真展に 行ってみた。

往復4時間半。最寄り駅から バスを 利用すれば、片道1時間半くらいで、行けたかも しれないけど、…回数券が その手前の 駅までで、バスを 乗り継いで行ったから、時間が かかった。

バス料金は、往路と 帰路で、値段が違う。
何故…?
ああ、そうだった。
市内からの バスには、山岳料金(?)が 加算されるとか。
登りには、燃料が 余計に かかるから、同じ道でも、割高なのか?

バス停で 20分待ってる(立ってる)だけで、焼き豚に なりそうな 快晴だった。(猛暑とも云う)

高原下行きの バスの窓から、川が見えて、泳ぐ魚が 見えて うれしかった。
ニジマスと? ハヤ(うぐい)?

目当ての写真は、
素晴らしい絵と、その絵を描いた ルーマニアの人々 と云うことで、1度は 見たいと、思ってた。

素晴らしい絵を、撮した写真と、
絵を描いた(意志と 故郷と 夢と 希望を 持った)、人の写真と、
そんな 素晴らしい人々が、生きている国の 風景の写真が あった。

誇りがあり、歴史があり、国土を愛する 心があり、希望があるから、…
豊かに 表現できるの でしょうか、心の宝を?

…野獣病の 発作が、出てしまった。
(そんな 素晴らしい人々が いらっしゃるなら、そーゆー人々に、世界を 任せりゃ いいやね)
(そーゆー 素晴らしい 人々の 世界と、私の世界は 断絶しているのだ、別世界なのだ、私なんぞ 居らんでも、…)

…最悪な客だ。(泪)

郷土の 写真家による、風景写真も あったから、ついでに見た。
美しかった。(淡々と 見られた)

鎌田實さんの 言葉が、写真の中に おさめられた 作品も あった。
鎌田さんの本には 興味があったので、思わぬところで 彼の言葉を 読めて、うれしかった。

だけど、…言葉の力を 識り、大切にしている 医師(鎌田實さん)の 文章でも、
今の 私には、きついところが あった。

2010-07-18(Sun)

半月に問う

繰り返し 巻き返し、
駄目な奴、忌むべき存在、取り柄がないと、言われ続けた 私の(心にある)生傷(トゲが 刺さり放題)には、…
ときには、そよ風も しみる。

そんなときは、
闇を 求め、光を 避けたくなる。

集団生活が したいのに、…
傷の上に、挫折(新しい傷)が 重なり、神経細胞が 剥き出しに なってるようで、…

【人の役に立たないと、存在が許されない】と云う、強迫観念と、
【明日は ないかもしれない、あの世に行ってからじゃ、頼まれごとには 応えられない】と云う、責任感(?)からか、

自分の限度を 超えて(倒れて)も、依頼された仕事(私にとって、遺書がわり)を、仕上げようとした。
そして 疲れ果て、孤独を 好むように なった。

休みたい。
自然の中で 充分 休んだら、
忘れた歌を 思い出し(本来の役目を、キッチリ果たし)ますから、
だから、今は、休める方法を 探している、…と 云ってる者に、

自己中とか、わがままで 進歩なし女 と書いた、
@;;@ さんは、…私に『死ね』と云ったも、同然でした。
彼女の 心の ねじれが、あまりに ひどくて、怒り 以上に、哀しみを 強く感じて、辛かった。

責任者 不在の 駆け込み寺で(インターネット上 とは云え)、自分の言葉に、責任を持とうと、
本来の目的(自分の救済)を 横に置き、必死で 言葉を 探し続ける 私がいた。

最近は、母から紹介された ボランティア婦人に、閉口している。

『停滞している人間 = 劣った存在』
『暗い人間 = 感謝不足 = 自分より、重い障碍を 背負っている方の 苦労などを 想像できない 莫迦 = 視野が狭い = 努力不足』と 決めつけ、
読みたくもない 精神科医の本を、送ってくれて(それだけでも 負担なのに)、…

やっとの思いで、お礼の(くじ付き)ハガキを 出したら、次は、
『本の感想を 聞かせて』と 書いて(要求して)くる。

身体が 不自由に なってきた 老人の、玩具に されてる 気がする。
(やってらんねーよ、と 思う)

だけど、彼女の、暴力的な ボランティア精神を、看過することは できない。
(彼女が くれた本には『ボランティアは 自己満足でよい、何故なら ボランティア無しでは、生きられない人が いるから』と 書いてある。今は、そんな 雑な 考え方が、通用する 時代じゃ ないのに)

施しを 受ける側にも 意思があり、尊厳があることを、
思い出して もらうことが、私に 与えられた 役目なのか…

2010-07-18(Sun)

心が 洗われるような、他者の 幸福も ある

幸せな 家族に憧れ、叶わなかった 私でも、
幸せな 家族の姿を【いいもの】と、思う。
そう云う 写真などを見て、喜べる自分に 出会うことが、…

毎日のように、殴られ 蹴られ、牛馬なみの 莫迦とか、取り柄のない 役立たずとか、死んだ方が 世の為、…などと 言われ続けて、
砕け散った 心の、リハビリになる。…

池谷 直士さんに、私が 感謝している訳は、
ご自分の すべてを、おおやけにする 覚悟で、
読者や、相談者に、向き合って いらっしゃるから、…
ご家族の写真に 宿る光が、私の いじけた心をも 鎮め、真っ直ぐに 伸ばして くれるような、気がするから。

ある大物歌手(兼 俳優)は、以前、雑誌のインタビューで、同世代の人に エールを送り、
「どうしても ダメなら、俺のとこに 来い」と語っていた。

そうは云っても、彼の 周囲の人が、ブロックしそう だけど、
その雑誌を 握りしめて行った人を、彼は 追い返せないだろう。…
彼は スター(おおやけの人)で、本気なのだと 思った。

人に 支えられている 実感が、あるのかな?
だから、当然のように、自分も、人を支えようと するのかな?

きれいで 明るく、楽しい自分を 語るときは、誠実な 良い人なのに、
暗い心を 語るときは、ほぼ確実と 云うくらい、
誰かに、責任転嫁する 癖のある人は、…危機管理を 見直した方が良い。

おおやけの人として、裏も表も見せる 覚悟がない人の、幸せ自慢に、
人を癒す 力は ない。
(仮想空間では、アイドルに なれるかも しれないけど)
ただ、寂しい人の、嫉妬心を あおる 油には、なる。

2010-07-17(Sat)

降参した 野獣より

モモさん、私は、…
あなたが、N博士を(人生の 師と)慕い、博士と(精神的に)一心同体で ありたい とする様子を、微笑ましく思い、
あなたの横暴を、受け入れました。

明るく生きるために、心の専門家を 探し 疲れ果てて(もう飛べない ボロボロの セミのように なって)いた 私には、

N博士の、(私への)長嶋茂雄の如き 対応(誘う言葉は 雄弁、捨てるとなれば 機械的)には、ガッカリでしたが、
長嶋茂雄が 好きなので、
モモさんの 幸せを 祈ることで、自分の心が 腐らないように つとめました。

それだけなら 良かったのですが、

神仏との つきあい方に迷い、その道の専門家を 尋ねまわり、疲れ果てて(エンジン ルームから、煙が出ている 車のようになって)いた 私には、

4国でも、トップ級の 祈祷師みたいに 書きながら、
伝統宗教の 悪しき因習に とらわれた人の如く(普通の人間には 機会がない、修行・荒行を することで、高貴・清浄な存在に なったように 思ってか)、
俗世で迷い、のたうち、泪する者を 尻目に、
ブログで、特殊能力(祈祷力)を誇り、幸福を自慢し、かつ、
『相談者を 泣かせたことは 1度もない』と 宣言する 姿勢は、片腹痛い ことでした。

人を見る目が なかったと、認めれば、済むことかも 知れませんが、…
どんな人にも、美点はある筈です。
どんな人の中にも あるものを、見抜けないで 終わるなら、それは、私の怠慢だと思いました。

昨年、図書館で N博士の本を借り、3冊 読みましたけど、
部分的にしか、分かりませんでした。(私の頭では)

私は もう、尋ねるのを やめました。

N祈祷師に、4国の神の 取り次ぎの 誇りを 見せてほしい などとは、もう願いません。
N博士に、心理学者の 良心を 見せてほしいとも、もう思いません。
(本人が 出し惜しんでいる らしいもんを、第3者が 見せてくれ云うても、無理じゃき)

1度でも、先生と 呼んで(書いて)しまった 対象を、非難し続けて、心が晴れますか?
モモさん…

あなたの言葉には、不思議な魅力が ありますね。
あなたが、何かを意図して、折りに触れ、角度を変え、繰り返し 書き続ければ、…
その言葉に 影響される人も、ありましょう。

モモさんが、今後も 評論家活動を なさるなら、
未熟な信仰者の 批判だけで終わらず、
尊き信仰者の姿も、活写されたく 祈念 致します。