私「大丈夫です」
見知らぬ青年「すぐ次で降りますから」
私「ありがとうございます」
障碍者らしき青年が、列車内で 席を譲ってくださった。
私は、妊婦ではなく、重度の身体障碍者でも、高齢者でも、重傷者でも、重病人でもない。
ただ 疲れきっていた。
重い鞄を、網棚に載せる 力もなく、
(傘だけでも、手すりに掛けられて よかった)と 思い、
上着と 鞄を抱え、進行方向を向き、右肩を ドアに預けていた。
電車を降りた後に 出くわした青年たちは、
通路で 円陣を組み、立ち話に 花を咲かせていた。
五体満足と おぼしき彼等は、
通行人(私)が 近づいても、
人の顔を 見やるだけで、一歩も 退かなかった。
口を開く気力も なかった 通行人は、そこを 通り抜けるために、
カニ歩き(横歩き)せねば ならなかった。
『スクールに通って良かった』
『コンピュータのこと、分かってきました』
のぼせた若人(わこうど)の会話が、くたびれた通行人の 耳に届いたとき、
通行人の 心に湧いて出たのは、憤怒と侮蔑だった。
あの瞬間、私の心は 真っ黒だった。
余裕ありげな 人間たちが、
くたびれ果てた 人の道を阻み、
くたびれた その顔に目をやった。
その通行人が、美形でなく、
利害関係者でも なかったので、…
ふんぞり反ったまま、
内輪話に 夢中になっていた。
その 悪意なき 振る舞いが、弱った人間の心を、
(一瞬にせよ)悪鬼に変えた。
神(大いなる自然?)の心に まつらおう、
強い身体と 清い心を持ち、
自他を 害するのではなく、活かさんと 請い願う 通行人の心を、
悪鬼に変えるほど、
感性の退化(鈍磨)した 青年たちの魂よ、
何処へ 行くつもりか。…
(そんな 烏合の衆に こだわる)獣の心を もつ私に、
席を譲ってくれた青年は、
ドアに向かって 立っていたが、
1度だけ 振り返り、私を見た。
私が 微笑んで会釈したら、会釈を返してくれた。
その様子が、いたわりに満ちていた。
私などが 席を譲った日には、譲った相手に 気を遣わせまいとして、
別の車両へ 移動する。
譲った席を、振り返ったりしない。
けれど、純粋な愛に基づいて 生きている人は、
「あの人、大丈夫かしら?」と云う 思いだけに従い、
譲った席を 振り返るのだと、教えてもらった。
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