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2017-04-16(Sun)

義人「余武伝」~ 旧約聖書 超意訳

心が 岩清水のように清く、
天の神(大自然)を敬い、
愛(義)に生きる者が 地上に おりました。
天の神が誇らしく思う その男は、【余武】と呼ばれていました。

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堕天使は、
天の神の寵愛が 人の子に向けられていることが、悔しくてたまりません。

「苦痛を たくさん与えれば、かの者も 愛に生きる道から 外れてしまうのでは?」
「財産と家族と健康を奪っても、天の神への信頼が 彼の心に残るでしょうか?」

「彼が、どんな目に遭っても、
天の神(大自然)を敬い 畏れる心を失わず、愛に生きる姿に戻れたときは、
天の神の誇るものを認めますので、
試してもよろしいですか?」

そう言う 堕天使に、天の神は、
「試してみよ」と おっしゃいました。
 
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天の神の許しを得て、
堕天使は【余武】の家族の命や 財産を奪い、
【余武】の身には、その姿を見た者の 心を挫くほどの むごい病を与えました。

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【余武】は、義侠心に厚く、醜い振る舞いとは無縁な男で、
神の心に沿って生きようと、心の耳を澄まし「聞こうとする人」でしたが、
突然の 降って湧いた不幸に 動転してしまい、
天の神を「問いつめる者」に なってしまいました。

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見舞いに来た 友人たち【袁:えん】、【段:だん】、【蔡:さい】の心は、
善意でいっぱいでしたが、

面変わりして、呪詛の言葉を吐く 【余武】の姿を目にしたとき、
まず、年嵩(としかさ)の【袁】の心が、挫けました。
誇らしかった友の 変わり果てた姿に、耐えられなくなり、励まそうとします。

「しっかりしろ」
「蒔かない種が、実を結ぶことは ないはずだ」
「お前は一体 どんな過ちを犯したのか?」
「あるいは、お前は 為すべき何を怠ったのか?」

友を慰めようとして訪れた【袁】でしたが、
【余武】の気持ちを 思い遣る心は、どこかに飛んでしまいました。
謙虚さも忘れ、愛の心からも遠い 説諭を語り、しかも それは 矛盾していました。

人の蒔いた植物だけが、この世に育つのですか?
いいえ。
自生する草・木は 数多(あまた)あり、蒔かれずとも生え、 結実します。

【袁】の言葉は 苦しむ【余武】の力には なりませんでした。
【余武】は 反発します。

それは 当然のことでしたが、
その激しさによって、【余武】の心から 素直さと明るさが消えてしまいました。
堕天使は、勝利に近づいた と思いました。

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知恵者であるはずの【段】は、【袁】と同じ轍を 踏んでしまいます。
【段】は 天の神を信じながら、「義人の受難」を 知らなかったので、
友の理解者に なれず、友を叱ります。

「お前の言葉は、乱暴で くどい」
「罪を認め、悔い改めろ」

励まそうとして訪れた【段】でしたが、
「ありもしない罪を認め、反省せよ」と 助言するのは、
奴隷になれ と 言うに等しい愚かなことで、堕天使を よろこばせました。

親しかった友人たちから、見当違いの言葉で 責められて、
病める【余武】は、いよいよ荒れ狂ってしまいます。

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【蔡】は、天の神を かたく信じる人でしたが、
「義人の苦しみ」については 【段】と同じく 知らなかったので、
苦難 =天罰 と 思い込みます。

乱暴な言葉を 吐き続ける【余武】が、善人に見えなくなってきました。
自分の大切な神が、【余武】に 侮辱されているように 思えてきたのです。

思い遣りを 忘れた【蔡】は、とりなしの祈りもせず【余武】に言います。
「身の程を知れ、全知全能の神に逆らうな」
「神には ただ、信じて 従えばいいのだ」

それは 偶像崇拝のような 愚かな考え方です。
堕天使は、うれしくて たまりません。

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【余武】と 友人たちの会話は、水掛け論に なってしまいました。
そこに【英】という人物が現われ、
自分の正しさを言い募る【余武】と、それを 止められない友人たちを 一喝します。

「天罰(因果応報)以外の苦難もある」
「天が警鐘として与える苦しみもある」
「鍛え上げようとして、天が与える苦難もある」

【英】の 言葉に、矛盾はありません。
【英】の 動機(義憤)も、もっともでした。

【英】を『教師の理想』だと、言う方が いるようです。
けれど 【英】の心に、
【余武】を いたわり、ねぎらう気持ちは あったでしょうか?

静かに病者に 寄り添い、
その心を あたためたいとか 支えたいと願う心が、【英】に あったなら、
天の神の 誇りに思う者は、地上に2人となったのですが、
そうは なりませんでした。
 
【英】は【余武】を見下し、愛の心が欠けていたので、正論は語れても、
【余武】の 心の嵐を 止めることは できませんでした。

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【余武】の心身は、
天の神との 対面を果たすことによって、回復しました。

堕天使の目論見は、
完全に失敗しました。

気づかぬうちに 堕天使に加担し、天の神に 呆れられた 3人の友は、
【余武】の祈りで 救われました。















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2017-03-27(Mon)

暴力的な自分に 苦しんでいる方へ

些細なことにも怒りっぽかったり、
激しい怒りの感情に心が支配されやすかったり、
身のまわりに理不尽なことが多すぎて、
苦しい、と思っている方へ

この混乱から脱出する方法を、
誰か教えてくれないかな…
そう思っている方へ

「こんな所にいたら、治る病気も治らんぞ!」と言って、
息苦しい あばら家から 運び出してくれる人がいたなら…

御飯や家賃の心配をせず、
毒を抜くことに専念できるところに行けたなら…

きれいな空と森と水場があって、穏やかで親切な人がいて、
鳥が鳴いてて、良い香りがして、深呼吸できるようなところに
転地療養できて、お釈迦さまみたいな先生に治療してもらえたなら…

そんな風に考えている人がいたら、
手紙を書いて、それを、読み上げてみて下さい。

葉書でも、ノートの切れ端でも良いから、
自分に縁のある人に宛てて、
手紙を書き、かつ、音読してみて下さい。

1人の人間に、幾つもの人格が備わっていて、
混乱が収まらないのは、
ひとつの車に、複数のハンドルが付いているような状態かも。

1人の人間に、時と場所に相応しい天啓がおりてきて、
自動運転の車のように、労少なく健康に過ごせる人もいる。

自分に干渉してくる波というか、
自分に同調して感情やパワーを増幅する「氣」が、
人生を楽にしてくれるか、滅茶苦茶にするかの違いは、
紙一重ではないかと、今の私は思っています。

お金儲けが目的の先生をあてにして、
貴重な時間を無駄にすることはない。

あなたが苦しいのは、
どこかで、
天からの手紙を読み逃したからかもしれない。

※ 本当の先生(心の治療の案内係)なら、分かるでしょうが、
※ 自分は素人ですから、ただの想像です。

今年1月から私は、月命日に手紙を書いてます。
助けられなかったことの、謝罪と言い訳を。

書いているときは、淡々としたものです。
しかし、読み上げる段になると、だんだん感情が出てきます。

3回目の今月は、もう泣くまいと思っていたのですが、
嗚咽してしまい「…悔しい」と呻きました。

思いもよらない感情が 隠れていたと知りました。
自分の無力だけじゃなく、自分を助けず笑ってた周囲を、
私は恨んでいたのです。

人のせいにするのは格好わるいから、すべて自分で責任をとる!
そう決めて頑張ってきたのに、…
逆恨みのようで情けないし 自分でも可笑しいと思うけど、

心にカビの菌みたいなものが、紛れ込んでいたことに、
やっと気づいたのです。

気づいた以上は、何かが変わる、
やっと私にも、春が来るかもしれません。

……来ると良いけど、
……分からない。

自分の文章(心の病の闘病日記みたいなもの)を、見知らぬ人に読まれ、
その人が たまたま作家さんで『引用したい』と言われて、
YES と答えたら、ズタズタに傷つく結果を招いてしまった。
そんな間抜けな私の言うことだから、説得力ないですけど。

心の闘病日記。
野坂昭如さんの「浦安太郎」という 毒入り歌謡を聴いて、
ニヤリと笑ってしまう…そんな自分の闇と闘ってた私の日記。
Wワークで睡眠不足を続けて 倒れた頃、苦しくて始めた。
(迷惑かけた元上司に、直接 挨拶を言えなかったのがきっかけ)

ひとつか ふたつの文章を、
地の文とは 区別して 引用されるなら、構わないと思ったのです。

だけど私の文章は、料理にたとえるなら、
中華料理の 酢豚の中の「パイナップル」みたいな扱われ方だった。

弱者を笑いものにする喜劇の中で、
他人からは理解しがたい人物の 長ゼリフとして 使われていた。

「ただ在ること」を問う】そんな劇を作ってるらしい方だから、
…どうぞと言ったのですが。ネットで評判を見たら、
胸くそ悪い人生の要素を濃縮還元したよう】とか、
気持ち悪い貧乏な中年男女の話だった】とか、
【救いがないダメ人間がいることを受け止めようという姿勢はいい】とか、
…招待されたけど、行き損なって(見なくて)良かったと思ってます。
 

苦難を与えられた 信心深い善人の話(旧約聖書)をもとにした舞台】
…とは、事前に聞いていました。 
東日本大震災の後に考えるようになった 原因不明の理不尽】
【因果関係だけでは解けないことを、まとめないで提示したい】
【観た人に『何故?!』と思ってもらえれば成功】
…その様な主旨のインタビューは、
…3月11日配信のネット雑誌で読みました。(初日は3月1日)
…3月14日に戯曲を読ませてもらい、後悔したけど後の祭り。

肉として生き延びても、その人の尊厳が失われたら 禍根を残すことになります。
浦安太郎を聴いて 溜飲を下げるような、心の闇を放置してたら 国は滅ぶ。
責任を自分で背負う覚悟で 生きてきてもなお、苦しみが続くような問題は
人類全体の課題かもしれないのです、健康な人は傍観者でいないでほしい。

そんな思いで書いていた日記が、…

社会的弱者を 珍獣のように見て笑い、
ゴミと同化したような 愚かな者同士の、疑似恋愛の場面で幕。

…というような喜劇の素材に使われて、私は傷ついた。

台本を読んだだけ だから、
私の解釈が 妥当なのか 的はずれなのか、それすら判然としないけど。

私の言葉が使われたのは 終幕の前半だけ。
ボリュームとしては、全体の1割にも満たないのだから、
作家さんにしたら「ただの引用」でしょうけど、

私は傷ついたショックから?
聖書の作者の怒り(?)に同調したのか?
(こんな戯曲は絶対に販売許可しないぞ)って、
自分が原作者みたいな錯覚を起こしている。
(心に 赤ランプ 点灯)

それというのも、事前の確認を怠ったから。
手紙を書く手間を 省いたから、かもしれません。
(こんな目に遭う人は、もう出ませんように)


手紙を書いて、それを 読んでみるという試み。
心の畑の土が 腐らないように、
ふっくら発酵する方向に風が吹くように、
良かったら 試してみてください。















2017-03-12(Sun)

淡い緑の生命

2年前、仕事で毎日使っていた タブレットには、
焦点を合わせやすい カメラが 付いていた。

今、私の手元にある タブレットのカメラは、ピンボケ写真を量産する。
(嫌がらせか?)と思うほど、
私が 意図しないもの(写したいもの以外)に、焦点を合わせたりする。


根を出していた林檎の種を、
今年は、腐葉土の上に置くことにした。

(肥料など遣らず、粗食にして鍛えるのだ)
(所帯主たる私が、日に1~2食で、年中 お腹を空かせているのだし…)

   

去年、ホーリーバジルに使った、ピートモス(と云う 土)製の育苗ポットを、
一晩水に漬けて、
バジルに使った培養土(ホームセンターで購入: 肥料入り)を洗い流し、
腐葉土を入れ、種を置き、水を遣った。

根の先が 土の中に潜り込んで行き、
双葉が見えはじめ、 
生成り色だった茎が、少し緑色を帯びて 光り出した。
きれいだ。
(私の写真では、その美しさを 伝えられないけど)


 
 

















2017-03-09(Thu)

ふじ林檎だったと思う

 

108円で買った林檎
赤くて、少々 いびつだったけど、ツヤツヤしてた。

台所の端(というのは、うちの場合、玄関脇で比較的涼しい)に置いて、
5日目くらいに食べた。

皮ごと、薄く切って、
黒酢を付けて食べた。

森修焼のお椀(昔、自然食糧品店で働いていたとき、買った健康食器)に、
黒酢(原材料:玄米のみ)を、大匙1杯入れた中に、

切った林檎を入れていき、
左手に林檎(本体)を持ったまま、

右手で、包丁と箸を 持ち替えながら、
切っては、和え(黒酢と 切った林檎を)、
食べては、切り、…を 繰り返した。

(お行儀が良いとは言えない)
(家庭科教諭の免許が泣いてるよ)
(ひとさまには見せたくない姿で食べたけど、美味しかった!)

芯のまわりの果肉は、何故か 少し酸っぱい。(甘くない)
大事なタネの部屋(星型のカプセルみたい)を 守ってるから?

芯を割ると、
古美銅(ふるび どう)色で、ツヤツヤ光る ふっくらした種が出てきた。

…え?
…何?
…もげてしもうた。(根が)

5個の種があって、4個発芽しており、
1個は、根が抜けてしまった。(ごめん)

春とは云っても、まだ寒いのですが。
もう、目覚めたのですか、林檎の兄弟は。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2017-02-24(Fri)

消えた水煮

 
添加物や 小麦(グルテン)を絶って、3週間目
アレルギー体質が改善したとも思えないし、
精神状態が好転したとも思えないけど、

たまに無性に食べたくなる唐揚も シュウマイも、
(私の)宇宙には存在しないもの。
…と 思うようにして、作らず、買わないでいる。

治せるのなら、治したいから。
アレルギー体質
目の粘膜の痒みが高じると、
理性が吹き飛んでしまう。

自分で自分を攻撃する 体質じゃ なくなってから、
シュウマイは 作ろう。

お世話になってるのは、特に、
サバの水煮

買い出しに行くときは、
パック入りの サバの水煮を目当てに、
まとめ買いするのが 習慣になりつつあった。
(缶詰よりも、ゴミ処理が楽で 大助かり)

でも、先週 スーパーに行ったら、
同じ形状の 味噌煮や、醤油煮は、棚に たくさんあるのに、
水煮は1個も無かった。

店員さんに尋ねると、
「先日、テレビで紹介されて、飛ぶように売れちゃいました」
「注文も、しばらくは受けられません」
「問屋さんにも 無いそうですから」

自分の好きなものが、多くの人に支持されるのは嬉しい。
自分のところに まわって来なくなるのは、困るけどさ。

末永く大切に、ずっと食べさせて戴きたい。
よろしくお願い致します。
漁師さま、加工品業者さま、流通業者さま。