浄化を試みる所存でございます。
https://youtu.be/Q6B-yh-AJqc
2009年12月1日から
昨夜、盲導犬の募金箱がある スーパー・マーケットに行った。
(自分が役立たずに思えて、居たたまれない)
そんな気持ちに 呑み込まれて悶々とするよりは、動こうと。
盲導犬 育成の 募金や、
水色の羽根募金(漁船海難遺児 育英資金)は、私の価値観では、
この日本では 絶対に必要なもので、絶対の正義。
育英会は、貧乏では 協力が困難だけど、
盲導犬への協力は、1円からできる。
1円なら、私でも 捻出できないことはない。
昨夜、買うべき物は無かったが、24時間営業のスーパーに出かけ、
犬の人形がついた箱に、アルミニウム硬貨1枚を納めた。
スーパーの壁には、従業員募集の張り紙があった。
もし、それだけで生計をたてようとしたら、
深夜手当込みでも、生活保護と大差ないくらい
人として最低限度の生活が、やっとおくれる程度の賃金。
外食などの遊興や、遠距離の墓参り、貯金などは、
諦めざるをえないような、安い時給。
レジに並んでいたのは、若い人たちばかり。
学生さんだろうか?
駐輪場に ずらりと並んだ自転車の大半が、
カゴが錆びていたり、あちこちに傷みが目立った。
(私のも、ピカピカに磨き上げてる訳じゃない…)
自分を乗せてくれる大切な乗り物だから、
出来るなら、いつも手をかけ 綺麗にしてやりたい。
それに、手入れや 点検を怠ると 危険だ。
(でも、今の自分には、余裕が殆どなく、日々 ヒヤヒヤしている)
あの駐輪場に並んでいた自転車、
30台くらいのうち、8~9割が疲弊していた。
手入れや、修理をする余裕がないのだと思う。
そう云うことに気づかない人が、先生と呼ばれる地位について、
権力をほしいままにしていては、危険なのでは?
私が子どもだった頃より、生活苦の人の割合は増えてる気がする。
私が子どもだった頃、火災の原因の第1位は、放火ではなかった。
(煙草だったと思う)
人の心が健康であれば、死に直結する放火など、出来る訳がない。
あってはならない人災の割合が増したのは、人心が荒廃した証拠だ。
(何の根拠もない、暴論だけどさ)
今が どん底であってほしい。
これからは、良くなってほしい。
6月8日の 深夜に、数年ぶりに妹と話した。
4月下旬に、メールが来て以降、苦しんでいることは知っていた。
職場で上司から、『もう終わってる奴』と言われたり、
自分は、子どもどころか、伴侶もない1人暮らしなのに、
『第3子を妊娠したので、ご迷惑をおかけします』と、
朝礼で 泣く同僚がいるのが 気に入らないとか、
良い人として、職場で懸命に振る舞ってきたにもかかわらず、
好きになってもらえないと、
ひとりぼっちだと、
大切に育てられた人とは、スタートから違いすぎるから損だと、
何をいっても許される、可愛がられるひとがうらやましいと。
1ヵ月半ほど、メールの遣り取りをしてきたが、
私の文章がまずいのか、
価値観が違いすぎるのか、
向こうは 殆ど、私の言葉を 理解してなかったらしい。
『わたし ひとりぼっち……わーーーーーーん』
『ギャアァァァーーーーーーー』
電話口で、しばらくの間、絶叫を聞かされた 私は、
(鼓膜が破れるかもしれない)と思った。
・努力が裏目に出ている訳を知って、それを解消しよう
・傷ついた心の手当てをしよう
・人に振りまわされないように、知恵をつけよう
その3つの提案については、賛同を得られたが、
私が想像していた以上に、精神年齢が幼いようで驚いた。
彼女に対しては、親は虐待などしていない。
私に対しては、父親は姉(16で死んでいる、私にとっては伯母)への恨みをぶつけた。
母親は、父の暴力の盾に私を遣い、期待外れだったので殺そうとしたこともあった。
父は 感情を抑えられずに、妹を 怒鳴ったことはあった。
でも、それは、妹の存在を憎んでのことではなくて、
自分の中の孤独に、耐えかねてのことだった。
その孤独は、父と共依存関係にあった 母に、
『この男には、怒鳴る相手が必要』と、決めつけられ、
精神的な成長を 妨げられたことにより、深まっていった面もあったのだ。
少なくとも、母は、妹を 直接 害してはいない。
父も、妹を大切に思っていた。
やくざと同じ長屋で育ったことを、性格の悪さの言い訳にしていた男が、
赤子だった彼女には、絵本を読んで聞かせたくらいに。
与えられた暴力の、量(力)と時間が 計れたら、
妹の分を10とすれば、私の分は10万以上になるだろう。
(こんな比較に 意味はないが)
死にかけたし、
親が決めた死刑判決を、親ごと許そうとして、私は奮闘した。
そんな私を、たくさんの人が笑ったけど、
被害者の人生を選ぶのは 嫌だったから、苦しい中でも笑って生きてる。
何故、妹が、被害者の人生を選択して生きてきたのかは 分からない。
被害が少なかったのだから、健康に生きる道も選べたのではないか?
余裕のある大人になり、良き伴侶と出会い、家庭を築くこともできたのでは?
『親に虐待されていたから、結婚しなかったし、子どもも産まなかった!』
そう叫ぶ妹が悲しかった。
もし、妹のそばに、本物の大人がいてくれたなら、……と思わずにいられない。
妹が受けたと言い張る『虐待』は、殆ど妄想だ。
彼女が 真っ直ぐに 親に向きあっていたなら、
今頃は 笑い話になっていただろう。
…先月、食べた林檎の中にあった種
…根が 7mm くらい残っていた奴は、2個とも枯れてしまった。
…根の先端こそ、切れてしまっていたが、
…無残にも1mm 程度しか、根が残っていない奴よりは、
…生き残る確率が、高そうに思えた。
…でも、個体差があるみたいだ、植物のきょうだいでも。
…根7mm の方が、軽傷に見えたけど、息絶えてしまった。
…根1mm の方は、1週間以上 そのまま 耐え抜き
…傷口の回復をはかり、待っていた
…土に横たえられていたから、垂直に 植え直されるまで、
…根を伸ばさなかった。
…今度、根を傷つけられたら、致命傷になってしまう。
…あわてて根を伸ばしたら、
…人間に移植されるときが危ない。
…だから、待っていた。
…そこまで、林檎の種は 考えていたのか、賢いなぁ
…というのは、私の空想だが。
…軽傷に見えても、致命傷になる個体があり、
…致命傷に見えても、生き残る奴がいることを
…私は、林檎に教わった。
過去は変えられない。だから 今から、
被害者でもない 加害者でもない人生を、
心の一部分だけでも 健やかな人生を、
妹が 選び続けられることを 信じよう。