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2009年12月1日から


林檎を買ってきても、包丁を持つ気力がなくて、
5日くらい手をつけなかった 1個108円の ふじ林檎。

自然農法の福岡正信さんの ひそみに ならい、
果実や野菜を扱ったときに出る種は、捨てられぬ私。

(この林檎にも 種があったら、果肉をはがして 保存せねば)
…面倒だ。
そんなことさえ 面倒に思うほど、私はくたびれていた。

先週末に やっと食べたら、
スカスカになりかけ。

食べ時を逃したのだ、ああ 残念
もったいないことをした。

種も無いようだ。
念のため、芯を割ってみよう……

「わああ!」

割れた。豆が!
根を出し、赤茶色の種皮から抜け出た、双葉になる直前の
大豆のような種子が、真ん中から裂けてしまった。

「あいたたたたた」

種を6個発見し、内5個が発芽していた。
裂いてしまったのは 仕方ないが、
残りの 4個は、土に返してやろうと思い
(自分が)食い詰めてるというのに、土を買いに行った。

翌日には 半分になった(2個は死んだらしく、白カビに覆われていた)。
残り2個のうち、1個は、根が千切れてる。
ほとんど、頭だけになった 豆モヤシみたいに、白っぽかった。

でも、奴は頑張って生きて、緑色になった。
無傷だった1本が、
立ち上がり、双葉を開き、本葉を出し始めた その隣で、
横になったまま、半分だけ種皮から出て、
儚くも 美しく、緑に息づいている

おそれいりました。


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昨年の8月下旬に、20度の焼酎に漬け込んで、寝かせておいたドクダミの壜詰め。
赤みがかってきて、もう 生ぐさいニオイもない。
化粧水用のケースに入れて、使ってみた。
悪くない。

蚊に刺されたところにも、塗ってみた。
痒みには、効かないみたい? だったけど、ぶりかえしがない。
その場では効いてないようでいて、実は効いていたのかも。
(蚊に刺されると、数日間、痒みが ぶり返すのが、恒例だったのに)
5時20分になった 閉門時刻ギリギリ(1分前)に、
鳥居の前に たどりついた。
先週の 土曜日のことだ。

特急に乗って 行った。
いつもの 倍以上の運賃がかかったが、
門前払いを喰らわずに済み、さいわいだった。

土佐の山に生えていたのと 同じ草が、
(笹の葉を 太らせて、丈を短くして、
軽く ウエーブを かけたような、
かすかに、波をうったような形の 草の葉が)
夕日を浴びて、光っていた。
ひと群れのコケも、光っていた。

半月ほど前、体調を崩した。
鍼治療師も 匙を投げた、そんな自分。

(もう 森から帰りたくない)とか、
(寂しく、ひもじく、自分を笑うことが精一杯の 人の世には、戻りたくない)とか、

(森の露に なりたい)とか、
(土に帰したい)などと思っても、
死ぬことは 叶わない。

足を棒にして、
木と草の群落(森)に 押し出されるように、
人の群れに 戻される。

愛しあった人間同士が、
物理的(身体的)に接触しなくても、
お互いの魂の一部分を、譲り渡してしまうことが あるように、

人と自然(森)も、
生命が混ざりあう(?)ことが、あるのだろうか。

(何故 行きてる?)
(私の場合は、多分、森が あるから)
約3ヵ月ぶりに、バッチ・フラワー・レメディ(イギリスのハーブと水)を 飲んでいる。

山林檎、柳、柊(ひいらぎ)、ラーチ(落葉松)、オリーブ、レスキュー( スター・オブ・ベツレヘム(大甘菜) + ロック・ローズ(半日花) + インパーチェンス(鳳仙花) + チェリープラム(紅葉李) + クレマチス(仙人草) )、岩清水

専門家に手伝ってもらって 選んだのに、飲むまで1週間かかった。
原液(数滴)に、ブランデー(酸化防止用)と 天然水を加え、
(量を増やして)半月分の分量にするのに 手間どったのと、
「自分は、こんなに たくさんの 草花の生命(波動とか云う、精魂と云うか、子守唄と云うか…)を受け取るに あたいする人間か?」
と 自分に問えば、そうは 思えなかったから(躊躇したから)だ。

「分析なさるのは けっこうですが、100%正解とは 限らない その分析結果(判断)を、クライアントの心より 大事にして…」
「一切の例外を認めず、押しつけて、クライアントの気力を 喪失させる」
「そんなセッションになっては、意味ないですよね」
などと、カウンセラーに釘を刺す クライアントは、不遜かもしれないが、
クライアントは 疲れ果てているのだ。

精神安定剤代わり(過去と現在の ギャップを埋めるため、かつ、怒りを他者に向けないため)の自傷行為と罪悪感で、心身ともに疲弊している。
いつになったら 不安なく休めるのか、見当もつかない。
(こっちは必死だ)

カウンセラー側は、
『クライアント=困っている輩=
本人の責任=
当人の 考え方や 習慣を、世の中の 主流に合わせることが使命』
…のように 思っているかもしれないが。
「ちょっと待たれよ」

家庭的、頭脳的、身体的、経済的に恵まれながら、
暴力で 問題を片づけようとしたり、
弱い者に 面倒事を押しつけたり、
脳の働きが 時々遅くなる人間(私)の愚かさを、悪と見なして 断罪する(憎み 責める)ような人が、少なくなかった。
(私の 過去に於いては)

そう云う人たちこそ、より深く病んでないか?
そう云うリーダーが 統率する生物集団は、地球から愛されるのか?
(嫌われるのじゃない?)

人が 自然界に見捨てられないための ブレーキ(安全装置)となるように、
(私のような)歩みののろい者が、産み出されるのでは なかろうか?

それを、狂っている 世の中に『合わせようとする』ような指導(治療)は、
決して 実を結ばないと思う。
体調を崩した お前のマンションに、
お袋が通って、世話をしてくれているとか?

『虐待されてた』と泣いていたのは、誰だっけ?
『虐待されてた』 と言いながら、親に甘えられる お前。

お前が言う『虐待されてた』は、
『思い通りにならず、悔しかった』程度の ことか?

暴言を吐かれたことはあっても、
殴られたりはせず、殺されかけたこともない お前。
姉(私)が虐待されるのを、どんな気持ちで 傍観してた?

残虐行為は 見せるだけでも、人の心を 蝕む。(傷つける)
まして 子どもが、そんなものを 毎日 見せられたら、
ダメージは はかりしれない。
…分かってるさ。(頭では)

喩えて云えば、
お前の傷は カスリ傷、
俺の傷は 貫通銃創。
どっちも、治っていない。
どっちも、死なずに済んだのに、
病み腐って、自分の生命を 愛せない。

お前ら(弟ども)!
暴言は 吐かれたかもしれないが、
俺が 味わった地獄とは、比較にならない程、ましな待遇だった(人間扱いされてた)ろうが!

逃げ遅れた俺を、よくも 親と同類扱いして(見下して)くれたな。
お前ら、自分さえ逃げおおせれば よかったのかよ!

暴言だけじゃなく 殴る蹴る、シカト(無視)、性の恐怖まで味わった俺。
グレる気力も なかった俺。
(シンナーも、万引きも、不純異性交遊すら やってねぇ)

『陰気で役立たず、将来は犯罪者になるタマだから、親の責任で 殺してやる』と 決めつけられた俺。
誰も助けてはくれないから、意味も分からず、
「ごめんなさいごめんなさい」
泣き叫んで 命乞いした、幼い日の俺。

お前らは、思わなかったか?
自分以外の 誰かが、暴言の標的になってる間は、
(ひといき つける)と…
情けないけど、俺は そう感じたことがあった。

お袋は、親父のことを、
『いけにえが必要な人』と 決めつけた上で、
離婚せずに しがみついていたのだから、
最初の子どもが【生き餌】になったのは、必然だった。

心を殺して 謝ったりせずに、幼いときに 殺されていれば、俺は 楽だったと思う。
あのとき、嘘の謝罪(命乞い)をして、何になった?
命は拾ったけど、心も頭も 狂ったままだ。

ある誘拐殺人事件の遺族(日本人じゃなかった)が、
『生きて 救い出されたとしても、彼女が立ち直れたとは思えない』と、書いていた。…
遺族としては、そうでも思わなきゃ、やりきれなかったのかもしれない。
(命が助かれば、彼女は 立ち直った筈だと、私は信じたいけど)

17歳まで 幸せに育って、
最期の数日間、地獄を味わい 殺される人生と、…

暴力づけで育って、自分を責め続け、
気を紛らわすために 道化を演じる(人に親切にする)人生、

『どちらか』選べと云われたら、
両方 お断わりだ。
(後者が 私の現実だけど、他の選択肢が選べず、そうせざるを得なかっただけ)

多分、17歳で逝った、優しく美しい娘さんは、
47年 虚しく生きた私より、周囲の人を 幸せな気持ちにしてきたと思う。

先日、断酒会の人に誘われた。
(本音を吐ける相手が、お互いに必要だった)
杖を携えて行った。

『いい女がいれば やりたい』と、電話でしきりに言った人の 真意は分からないが、
好みじゃない相手だから、そんな 身も蓋もないことを 言ったと思う。

言われた私も(セクハラなどと)、騒がない。
その手の言葉には、昔から 慣れている。

「この杖で チャンバラできる(渾身の力で ぶつかり合える 稽古の)相手を、募集しています」
『それは 無理だな』
「分かりませんよ、いたこともあるのだから」
『ははあ、だんだん分かってきたぞ、マイチャンのことが』

杖を持つと 私は、
飢えも、孤独も、不安も、苛立ちも、忘れてしまう。

樫(カシ)の杖には、…
私の心を 鎮める 何かがあり、
私の血を たぎらせる 何かもある。

気持ちの良い空間で、杖を かかえて眠れば、
(私の場合)人間のオスと ペアを組まなくても、
豊かな(満ち足りた)気持ちで、こみあげる笑いと共に、眠りにつける。
(問題は、快適な寝床を、用意させまいとする、
凄まじい怒りや、罪悪感、人間に対する恐怖が、心を占拠しているってこと)

杖は、敬愛する 師範がくれた、
かたみの杖の、かわりの杖だ。
(実物は、師範代だった人に 召し上げられたので、手元にない)

かたみの杖を、差し出すように言われたとき、
揉めるのが嫌だから「はい」と答えたけど、
心が 死んでいくような気がした。

師範が(認知症で)施設に入った途端、師範代は、
『杖を返せ』と 言ってきた。

道場に来ない(合氣道の稽古は、ずっと休んでた) 白帯ふぜいが、
師範と 杖で遊んでた…

師範代は、けしからぬと思ってたようだ。
『杖は 道場の物。道場に来ない者が 持っているべきでない』
だから『返せ』と言う 理屈。

時間と金に 余裕が出来たら、私は 道場に戻りたかった。
その私から 杖を取り上げたら、どんな良いことがあるのか?

杖を『物』としか 認められない人には、分かりますまいが。
道場から「師匠の寛容の精神」が 消えたことの、告知になったのであります。
不肖の弟子(私)は、(師範の精神が宿る)道場へ戻る切符(杖)を、失ったのであります。

精神安定に 効果のある 師範の杖を 手放す前に、
かわりの(安価な)杖を 買った。

新しい杖を 握っても、
最初は、何の感興も なかった。

がっかりして、何ヵ月も しまい込んでいたが、
あるとき 触れたら、師範の杖と 同じ効果があったので、
以後、毎日 触っている。

『掃除、洗濯、炊事』を きちんとやり、
『通院、服薬、断酒会出席』を 続けることで、
断酒が続けられ、アルコール依存症でも、穏やかに生きられると、彼は語ってくれた。
(酒乱時代は、男を売っていた(任侠)が、断酒を決めて以降、賭事・揉め事・借金も 避けてきたと)

お礼に 私は、昔の流行歌を うたった。
春日さんの「山の吊り橋」、藤山さんの「夢淡き東京」…

別れ際に、彼は言った。
『久々に 彼女に電話してみるか』
道化者にとっては、最高の褒め言葉だ!
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